がま口はどこから来たのか

和の象徴のように扱われることが多いがま口。
けれど、その原型を辿ってみると、思いがけない場所に行き着きます。

ヨーロッパに連なる、袋物の系譜

がま口は、もともと日本で生まれたものではなく、ヨーロッパから明治期に伝わってきた舶来品です。

中世以降のヨーロッパでは、「シャトレーヌ」と呼ばれる装飾的な金具を腰に下げ、そこから伸びた鎖に鋏や鍵、裁縫道具を吊るす習慣がありました。
これらは、時に刺繍を施した絹袋や、金属ビーズで覆われた小袋に納められ、貴族の女性たちにとっては実用品であると同時に、装いの一部でもありました。

やがて、布の袋に金属製の枠を取りつけたものが現れます。
立体的だった袋が口金によって平面に整えられ、携帯性が増していきました。

19世紀に入り、鉄道網の発達によってヨーロッパでは旅が日常になっていきます。
布製では旅に耐えきれず、素材は次第に革へと移り、ハンドバッグや財布の原型が生まれていきました。
私たちが「がま口」と呼んでいる、左右の金具をぱちんと合わせて閉じる仕組みも、この頃にかたちを整えていったと考えられています。

ヨーロッパや北米では、いまも「frame purse」「kiss lock」と呼ばれ、ファッションの一部として親しまれています。

日本への到来

日本にがま口が伝わったのは、明治時代のこと。
ヨーロッパ、とりわけフランスで広まっていた口金つきの革製鞄や財布が、当時のヨーロッパ視察を通じて日本に持ち込まれたのが始まりとされています。

明治4年(1871年)に新貨条例が公布され、紙幣が発行されたばかり。
それまでの日本人は「胴乱」や「信玄袋」と呼ばれる紐締めの袋に銭を入れて携えていましたが、紙幣を畳んで収めるには、口の開きやすい新しい財布が必要でした。
がま口はその求めに、ちょうど応えるものだったのです。

「がま口」という名前は、開けたときの形がガマガエルの口に似ていることに由来します。

時代を渡ってきたかたち

明治期の初期、口金には真鍮が用いられ、職人の細工が施された高価なものでした。
やがて鉄製の口金が普及すると製造コストが下がり、庶民の手にも届くようになります。
大正に入って洋装が広まると、それに合わせたハンドバッグとしても流行しました。

長財布や折り財布が主流となった今、がま口を日常で見かける機会は減りました。
それでも、口を開ければ中身が一望できる視認性、ぱちんと閉じる音、口金そのものを意匠として扱える設計の自由度 ―― 他の方式にはない美点は、今も色褪せていません。

二つの大陸を渡り、時代を渡って、いまなお人々の手元にあるかたち。
その小さな枠の中には、何世紀にもわたる人々の工夫が、静かに息づいています。

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