手縫いという、揺るぎない選択肢

ミシンと手縫い、どちらが優れているか。
そう問われたら、私は迷わず「手縫い」と答えます。
ただ、「手縫いのほうが温かみがあるから」とか、「手作りだから」といった理由ではありません。
私が手縫いを選び続けるのには、もっと現実的な、素材そのものに根差した理由があります。

革は、生き物の皮膚です。

布のように、繊維の密度が均一ではありません。
柔らかい部分もあれば、強い部分もある。
繊維が密に詰まったところもあれば、ふっと緩んだところもある。
一枚の革のなかで、表情が刻々と変わっていきます。

ミシンは機械です。
一定のテンションで、一定のリズムで縫い目を打っていく。
だから布のように均一なものを縫うなら、ミシンほど優秀な道具はありません。
けれど、革のように繊維の密度が一定ではない素材を、同じテンションで縫うとどうなるか。
柔らかい部分には強すぎ、強い部分には弱すぎる縫い目が生まれます。

その点、手縫いは違います。
一目縫うごとに、革の感触が指先に返ってきます。
ここは少し柔らかいな、ここはぎゅっと締めて大丈夫だな。
そう感じ取りながら、糸を引く強さを微妙に変えていく。
一目縫うのに30秒以上かかることもありますが、その時間こそが革との対話なのだと思っています。

私は、自分の手縫いに対して、明確な基準を持っています。
「絶対にミシンよりも綺麗にする。絶対にミシンよりも強くする」
これができないなら、わざわざ時間をかけて手縫いをする意味がありません。
手縫いというだけで価値があるのではなく、ミシンを超える仕上がりがあって初めて、手縫いを選ぶ意味が生まれる。
私はそう考えています。
これまで何百種類もの縫い方を試してきました。
平面を縫うときの縫い方、立体を縫うときの縫い方、強度を出すための縫い方、見た目の美しさを引き出す縫い方。
同じ手縫いでも、目的によって最適な技法はまったく違います。
特に立体を縫う縫い方は、私が独自に編み出したもので、おそらく他にやっている人はいないと思います。
ポムデポポタンのあの滑らかな内側は、この縫い方なしには生まれませんでした。
手縫いは、ただ古い技法ではありません。
革という素材と向き合うために、今もなお必要とされている方法なのだと、私は信じています。

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