「糸まで自分で作っているんですか?」
そう驚かれることがあります。
けれど私にとっては、ごく当然のことなのです。
なぜなら、私が求める手縫い用の糸は、売られていないからです。
革を縫うための糸は、実はとても繊細です。
市販のものはほとんど使いました。
私は糸マニアなのでいつも良い糸を探しています。
しかしどれも私の理想の縫い目にはなりませんでした。
そこで「ない」のなら、自分で作るしかないそう思いました。
そこから太古の日本で行われていた、麻糸績みの技術を学びそこから糸を作る方法を研究しました。
そして世界中の素材から探し、自分の手で一から糸を撚るようになりました。
糸は何よりも下撚りが重要で下撚りは、2000回転以上に及びます。
ただぐるぐる回せばいいというものではありません。
撚りの細かさが、糸の強度と美しさを決めます。
一から撚ることで撚りが細かくなり、糸の表面が滑らかに整います。
表面が整うと、面で接する部分が減り、摩擦に強くなる。
摩擦に強い糸は、長く使われても切れにくい。
私の作る糸は撚りの数まで同じになるようにしています。
針も同じです。
市販の革用針は、私は好きではありません。
市販のものを買ってきて、自分の使いやすいように仕立て直しています。
ここまでしてようやく、自分の縫い方に合った道具が揃います。
ひとつ、面白い話をします。
私はもともと右利きです。
けれど、手縫いを始めてから、左利きに変えました。
理由は単純で、「縫う側が、糸に合わせていかないとダメだ」と気づいたからです。
今の世界で使われている糸は変えることができません。
糸にあった縫い方をするために最適化し、利き手まで変えました。
傍から見れば変わったことかもしれませんが、私には自然な選択でした。
糸も針も、自分で作る。利き手も変える。
ここまで徹底するのは、独自の縫い方に到達したいからです。
私には目標とする縫い目があります。
それは江戸時代の日本の革工芸の縫い目です。
そこを超えなければ独自の縫い目にはたどり着けません。
糸も針も既製品のまま、市販のやり方で縫っていたら、そこから生まれるのは「普通の縫い目」でしかありません。
誰もやっていない縫い目を作るには、誰もやっていない準備が必要なのです。
昔の革工芸は、糸も自分で作るのが当たり前でした。
私が目指しているのは、その時代のものづくりです。
失われた工程を、もう一度自分の手の中に取り戻す。
糸を撚るところから始めるという行為は、私にとっては「当たり前のことです」。
縫い目の美しさは、縫い始める前から始まっている。
これは私の信念のひとつです。
糸を撚るところから、ものづくりは始まっている

